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命令と懲戒:業務命令の根拠と命令違反への制裁

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親戚の集まりで社労士の「おじさん」がいろいろ説明していくシリーズです。

アイコンデザイン:こなか かのこ様

文中の図をクリックすると拡大できます(例外あり)。


はじめに


今回は、命令と懲戒についてですね。「会社の指示にはどこまで従わないといけないのか、そして従わなかった場合はどうなるのか」という話になるかと。



言われてみると、あんまり考えたことないですね。



まあ、普段はあんまり考えないよね。
普通に仕事していたら、問題になることはそうそうないと思うのよ。



ですよね。



ただ、会社が理不尽な命令をしてきたときや、労働者が命令に従わないときなんかに、問題が出てくるんだね。



なるほど。


業務命令


まずは業務命令の話ね。
さっきも話したとおり、普段はあまり意識しないよね。



ですね。



多少、理不尽な業務を振られたとしても、「仕事だからな」ってことで応じちゃうでしょ。



まあ、そうですね。



ただ、当たり前だけれど、「会社からの指示には何でも従わなければならない」ということではないのよ。



そりゃあ、そうだよな。



変な話、「会社名を書いたプラカード持って、パンツ一丁でその辺を走り回ってこい」とか言われたら、ちょっと考えちゃうよね。



風邪引いちゃうよ。



そういうことじゃないだろ。



まあ、いずれにせよ、一口に「業務命令」といってもいろいろと論点があるので、ひとまずそのへんの話をしてみますね。



お願いします。


日常的な場面での業務命令


最初は会社生活全般というか、日常的な場面でのやり取りね。
見方を変えると、「そもそもなんで上司の指示に従わなければならないのか」みたいな話になるかな。



ああ、疑ったことないかもしれませんね。



でも、「無茶言うなよ」とか思うことない?



しょっちゅうですね。



でも、結局は従うと。



そりゃあ、まあ。
……断ってもいいんですか?



場合によりけりだよね。
なので、そのへんの理屈を考えていきますね。



ええ。


日々の業務命令


まず、前提として、使用者と労働者は労働契約を結んでいるよね。



ええ。



前回、話したとおり、労働契約は労働者の「労働します」と使用者の「賃金払います」の合意であると。
で、契約時には「どんな仕事をするか」などの労働条件も決められていると。

 




でしたね。



つまり、労働者は「この仕事をしますよ」という約束をしていることになるんだね。



たしかに。



お金さえもらえれば?



そうだね。
なので、労働者は契約に基づいて働く、「労務を提供する」なんていうけれど、その義務があるんだ。

 




なるほど。



それに対して使用者は、賃金を支払う義務を負う代わりに、労務の提供を受ける権利があると。



会社のために働いてもらうことができると。



そうそう。
なので、あくまでも「契約の範囲内で」ということにはなるけれど、労働者を働かせる、つまり業務命令を下す権利があるんだ。
ずばり「業務命令権」なんていうこともあるね。



なんかややこしい話だね。



まあ、平たく言うと、「お金払っているんだから会社から言われた仕事はちゃんとやれよ」ってことかな。



それは乱暴な話だね。



まあ、でも、そんなイメージよ。
逆に労働者には、「仕事した分のお金払ってよ」という賃金請求権があるんだね。

 




なるほど。



でも、上司と労働契約を結んだわけじゃないですよね。



お、鋭いね。
これはね、「上司の命令=使用者の命令」と考えることができるんだ。



どういうことです?



ここで「使用者とは」みたいな説明をし出すとまた複雑な話になってしまうので控えるけれど、社長が社員一人ひとりに指示を出すわけにもいかないでしょ。



うちはそれに近いかもな。



まあ、小規模な事業者ならあり得るかもね。
でも、ある程度の規模になったら、そうもいかないよね。



わかってるって。



なので、現実的には会社としてやるべき業務が「部長から課長、課長から係長」みたいに降りてくると思うんだけど、イメージとしては使用者の命令を伝言ゲームでつなげているような感じになるんじゃないかな。
もちろん、社長の指示をそのまま伝えるわけじゃなくて、各レベルで具体的な指示に変換していくことになるとは思うんだけど。

 




なるほど。



いずれにせよ、上司からの指示は使用者からの業務命令になるわけだから、契約に基づいて、これには従わなければならないと。



そういうことなんですね。


残業・休日出勤


次は残業や休日出勤の命令ね。



これも、素直に従っていますかね。



でも、「きょうは早く帰りたいんだけどな」みたいな日もあるでしょ?



まあ、たまには。
でも、「仕事だからしょうがないよな」と諦めていますよ。
そういう契約を結んでいるんですよね?



まあ、基本的には。
ただ、「労働契約を結んでいれば、自動的に残業や休日出勤の命令にも従う」というわけではないのよ。



そういえば、残業や休日出勤をする場合は、サブロク協定を結ばないといけないんだよね。



おお、よく覚えていたね。
ただ、それとはまた別の話なんだ。



どういうこと?



たしかに、労働者に時間外労働、厳密にいうと「1日8時間・週40時間」の法定労働時間を超えた労働をさせるためには、サブロク協定を結ぶ必要があるのよ。
休日の場合は、「週に1日」の法定休日に労働させる場合ね。

 
三六協定




でしたね。



なので、もしも協定が結ばれていなかったら、たとえ労働者が残業や休日出勤に同意していたとしても、違法になってしまうんだ。



だったな。



だから当然、サブロク協定は締結すると。
そのうえで、労働者に残業や休日出勤を命じる根拠を用意しておかなければいけないんだね。



具体的には?



一般的には、就業規則に定めることになるかな。
「業務の都合により、所定労働時間を超え、または所定休日に労働させることがある」みたいな感じ。



法定労働時間じゃないんですね。



うん。
細かい話になるんだけど、「法定」の時間外と休日は「違法かどうか」とか「割増賃金が発生するかどうか」とか、これを判断する基準なんだね。
それに対して「法定内だけど所定外の残業や休日出勤」というのは、もともと違法ではないし、割増賃金の支払いも必要ないんだけれど、やっぱり予定外の労働にはなるので、あらかじめ就業規則に書いておかなければならないと。

 




なるほど。



結論としては、就業規則に残業等の定めがあるのだったら、それを踏まえて労働契約を結んでいるはずなので、残業や休日出勤の命令にも従わなければならないと。



そういうことなんですね。


労働日における出勤


次は、時間外や休日のことは置いておいて、「そもそもなんで決められた時間に出勤して、定時まで働かないといけないのか」という話ね。
要するに、「勝手に休んだり遅刻早退したりしちゃいけないの?」ということ。



うーん、社会人としては当たり前だと思っていましたけれど。



もちろん、無断欠勤とか遅刻はダメなんだろ?



もちろん。
無断での欠勤や遅刻早退がまかり通ったら、職場の秩序が保てないからね。



だよな。



じゃあ、無断じゃなくて、ちゃんと事前に報告していれば、欠勤や遅刻早退は許されるでしょうか?



場合によるんじゃないか。



でも、労働者の保護を考えたら、認めないわけにいかないんじゃないですかね。
強制労働になりかねないですし。



なるほど。
でも、これはね、原則的には、所定の労働日については、所定労働時間の勤務が義務付けられているんだ。
そういう契約をしているんだからね。



そういうことですか。



でも、有給休暇の申請は断れないんだよな?



そうね。
前に説明したとおり、年次有給休暇はひじょうに強い権利なので、基本的には労働者が指定した日に休んでもらわないといけないのよ。



だったよな。



でも、年間の日数が決まっているわけでしょ。



でしたね。



じゃあ、有給休暇を使い切ってしまった後で、さらに休みたくなった場合はどうなるんだと。



当然、無給になるわけですよね。
これ、休むこともできなくなるんですか?



いや、絶対に休めないわけではないんだけれど、会社側が断ることもできるのよ。



そういうことか。



有給休暇が残っているときは、「○月○日は遊びに行くので有休使います」と言われたら、会社は断れないよね。
でも、有休を使い切った後は、「遊びで休むなんてダメだよ」と断ることができると。
これが大きな違いかな。

 




なるほど。
「本来は決められた日に働く義務があるんだけれど、年に何日かは自由に休める日がもらえる」という感じですかね。



しかも、給料が減らないと。



なんか極端ですね。



まあ、年次有給休暇はちょっと特殊だよね。
その中間といったらなんだけど、無給にできる休暇もあるのよ。



そうなんですか?



例えば、結婚するときや家族が亡くなったときに取れる、慶弔休暇というのがよくあるよね。



そういうやつか。



他には、子どもが病気になったときなどに休める「子の看護休暇」というのがあるんだ。
これは法律で最低日数も決められているね。


育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律 第16条の2(子の看護休暇の申出)

1 小学校就学の始期に達するまでの子を養育する労働者は、その事業主に申し出ることにより、一の年度において五労働日(その養育する小学校就学の始期に達するまでの子が二人以上の場合にあっては、十労働日)を限度として、負傷し、若しくは疾病にかかった当該子の世話又は疾病の予防を図るために必要なものとして厚生労働省令で定める当該子の世話を行うための休暇(略)を取得することができる。




へえ。
有給休暇とは別ってことですよね。



だね。
もちろん、「子どもが熱を出したので有休取ります」というのを会社が認めたとしても問題ないんだけど、有休が残っていなくても、こちらの看護休暇が使えると。



でも、無給なんでしょ。



うん。会社が有給にすることもできるけれど、無給のところも多いんじゃないかな。



どうせ給料が出ないんだったら、あんまり意味がない気がするけど……。



いやいや、さっきの話に戻るけど、本来は所定労働日には労務を提供する義務があるわけよ。
でも、子どもの看護という事情があるのだったら、休んでもいいですよと。
というより、使用者は、希望する労働者を休ませなければならないと。



そういうことか。



あとは夏季休暇や年末年始休暇を設定する会社もあるけど、これも有給にしなくちゃいけないわけではないんだね。



へえ。



出勤命令についてまとめると、もともと休日になっている日以外は、労働者は勤務する義務があると。
ただし、年次有給休暇や子の看護休暇などを使うと、その日は出勤が免除されることもあると。

 




なるほど。



日常的な場面での話は、こんな感じですかね。



了解です。


人事異動


次はもうちょっと特殊な場面の話ね。



というと?



働く場所や仕事の内容が変更されるような命令、要するに人事異動の話だね。



ああ、そういうことですね。
でも、それこそ断れるんですかね?



例えばだけど、「東京本社の営業部は仕事が減ってきたので、来週からベトナムの工場で勤務してもらうよ」みたいな命令されたら、「ちょっと待ってよ」となるでしょ。



また極端な例を出してきたな。



まあ、例えばの話よ。
でも、勤務地や職務内容の変更って、場合によっては労働者の生活が大きく変わることもあるので、問題が出てくることもあるんだ。



でしょうね。



そんなわけで、いくつかのパターンに分けて説明してみます。



お願いします。


配置転換


まずは配置転換の命令ね。
略して配転命令なんていうこともあるかな。



聞いたことありますね。



文字通り労働者が配置されている部署を転換することになるわけだけど、大きく分けると3つのパターンになるかな。



3つですか。



うん。
まずは、勤務地はそのままで業務内容が変わる場合ね。
東京本社の同じビルに通うんだけど、営業部から総務部に異動です、みたいな感じ。

 




なるほど。



次は、業務内容は変わらないけれど勤務地が変わる場合。
東京本社から仙台支店に異動するけれど、そのまま営業の仕事やります、みたいな。

 




いわゆる「転勤」ですね。



そうそう。
で、最後は業務内容も勤務地も変わる場合。
東京本社の営業部から仙台支店の総務部へ、ということ。

 




慣れない土地で慣れない仕事ってことか。



「不安と期待で一杯です」みたいな感じだろうね。



あんまり考えたくないですね。
まあでも、言われてみると、たしかに3パターンになりますかね。



まあ、3つ目は組み合わせなので、要するに「業務内容」と「勤務地」を変更する命令にどこまで従うか、ということね。



ですかね。



まず、業務内容の変更については、使用者がわりと自由に命令できるイメージかな。
労働契約を結ぶときに「従事すべき業務」を明示するわけだけど、就業規則に「業務上必要がある場合に従事する業務の変更を命ずることがある」と書いておけば、たいてい通用するんじゃないかな。



そもそも、入社の時点で希望の部署に配属されるかどうかもわかりませんしね。
そのへんは運命だと思って諦めていますよ。



そういうもんか……。



でも、特定の業務、例えば営業で何年か経験を積んで自信もついてきたところで、「来月から総務部で内勤ね」とか言われたらショックじゃない?



まあ、サラリーマンはそういうものだと思っていますけど……。



まあ、そうなるかな。
実際、なかなか断れるものではないし。



断れるとしたら、どんな場合なんですか?



例えば、入社する時点、つまり労働契約を結ぶときに「業務を変更することはない」という条件がついている場合かな。
職務限定社員なんて呼ばれることもあるよ。



へえ。



あと、契約時に職務限定の条件が明示されていなかったとしても、「社会保険労務士の有資格者募集」という求人に応募して人事部に採用された人が、会社の都合で営業部に異動させられそうになった場合なんかも、話がこじれそうな気がするよね。



経験談か?



いやいや、社労士として勤務した経験ないから。
でも、もっぱら中途採用の話になるなんだろうけど、専門性の高い人を採用した場合は、職務内容の変更は難しくなるんじゃないかな。



なるほど。

 




次は勤務地の変更ね。
これもやっぱり、就業規則に「就業場所の変更を命ずることがある」と定めることが多いかな。



本社以外の勤務地がない場合も?



まあ、「書いておいて損はない」という感じだったんだけど、最近はテレワークも増えているからね。
在宅勤務を命じるのであれば、やはり就業規則にさっきの文言を入れておくべきだろうね。



なるほど。



で、こちらは引っ越しや単身赴任という話が出てくるので、職務内容の変更よりも問題になりやすいと思うんだ。



たしかに。



ただ、さっきの職務限定のように勤務地限定の労働契約を結んでいるのでなければ、基本的には従う必要があるのよ。



断ったら査定に響きそうですもんね。



うん。最悪、解雇まであり得るからね。
でも、引っ越すのが難しい人だっているわけじゃない。
例えば、近所に住む親の介護をしているとか、そういう事情がある人。



それは厳しいでしょうね。



なので、そういう人が配転命令を受け入れられなくて、裁判になった事例もいくつかあるのよ。



そういう人を選ばなければいいのにな。



まあ、会社にもいろいろ事情があるんだろうね。
でも、「そんな事情がある人への配転命令はひどいでしょ」とか「それは嫌がらせのための配転命令でしょ」とか、労働者が受ける不利益の程度によっては、命令が無効になることもあるんだ。
解雇と同じく、「権利の濫用」というやつね。

 




そりゃあ、そうだよな。



ちなみに、勤務地だけでなくて職務内容の変更についても、同じような感じで有効性が判断されるんだね。



いずれも配転命令ですもんね。



そういうこと。


出向


次は同じ人事異動でも、もうちょっと重たい「出向命令」ね。
平たくいうと、「しばらく他の会社で働いて」という命令。



そんなのアリなの?



うちもグループ会社に出向という話はたまに聞きますね。



大きな会社の場合は、わりとよくあるんじゃないかな。
グループ内だと、感覚的には転勤に近いのかもしれないね。



だいたい数年で帰ってくるイメージですかね。



そういう流れがある程度固まっていると、なおさら転勤に近くなる気がするよね。



そうかもしれませんね。



逆に、それまで事例がない職場で、いわゆる「出向一期生」の対象になった人なんかは、かなりストレスあるだろうね。



帰ってこられる保証もないと。



まあ、会社間の出向契約で「いついつまで」と定めることもできるんだけどね。
他にも、「給料はどちらがいくら払うか」とか、契約でいろいろと決めていくんだね。



そういえば、コロナ禍の中で、航空業界が異業種に社員を出向させる話とかあったな。



だね。
そんな感じで、一時的に他社で仕事をしてもらって、状況が良くなったらまた呼び戻すような活用法もあるよね。



そうか、あくまでも航空会社の社員として、一時的に他の会社の仕事をするわけか。
それなら転職しなくても仕事ができますもんね。
そう考えると、出向も悪くない制度かもしれませんね。



まあ、コロナのは特殊な事例になっちゃうけれど、そういう活用法もあるってことね。



了解です。



じゃあ、この出向命令も労働者は断れないの?



一応、労働者の承諾が必要になるんだけど、これは就業規則に「出向させることがある」って書かれていたら承諾したとみなされる扱いみたい。
「包括的同意」なんていわれるね。



へえ。
でも、そのまま帰ってこられない可能性もあるんでしょ?



まあね。
なので、配置転換のときと同じように、命令を拒否して揉めた場合は「権利の濫用に当たるかどうか」みたいな話になってくるんだ。
で、そのときの事情や出向契約の内容から、総合的に有効性を判断していくことになるんだろうね。



なるほど。


転籍


人事異動の最後は「転籍」ね。
出向の一つとして考える場合もあるみたい。



どう違うんですか?



さっき話した出向は、あくまでも元の会社に在籍したまま、他の会社で働くようなケースなのね。



でしたね。



それに対して転籍の場合は、元の会社を辞めて新しい会社の社員になるんだ。
なので、さっきの出向を「在籍出向」と呼んで、こちらの転籍を「転籍出向」と呼ぶ会社もあるみたい。



転職とは違うんですか?



転職は基本的に労働者の意思で動くわけだけど、転籍命令は会社が「うち辞めて違う会社の社員になれ」と命令するわけでしょ。



それも就業規則に書かれていたら逆らえないの?



いや、これはさすがに包括同意じゃダメなのよ。
労働者の個別の同意が必要とされているね。



じゃあ、イヤなら断れると。



まあ、会社が「他社に行け」と言うからには、それなりの事情があると思うんだ。
例えば、今後も景気が回復する見込みがなくて、その会社ではもう雇えないとか。
なので、そこはやっぱり交渉になるだろうね。



そっか……。



場合によっては、「転籍命令に従えないなら、うちでは仕事がないんだから辞めてくれ」みたいな展開になるかも。



そうすると、「仕事を失うくらいなら他の会社に行くか」となりますかね。



または、「他の会社に行かされるくらいなら辞めてやる」と。



そっちもあるか。



ただ、そこで「転籍も退職も受け入れられない」となると、それはもう解雇の話になってくるので、「権利の濫用かどうか」も含めて、解雇の有効性を判断していくことになるかな。



厳しそうだな。



なにしろ解雇だからね。



そういう事態を起こさないためにも、経営を安定させたいんだけどな。



そうだね。



社長もラクじゃないね。



まあな。



人事異動の話はこれくらいかな。



でも、社内の配置転換はともかく、他の会社に行かせる出向や転籍までできるなんて、知らなかったな。



オレもさすがに、転籍までは考えていなかったな……。



そもそも、会社の都合で勝手に仕事内容や働く場所を変えられちゃうっていうのも、ちょっとおかしな話なんじゃないかな。
なんで通用しているんだろ?



これはね、日本の雇用がいわゆる「メンバーシップ型」になっているのが原因とされているんだ。



何それ?



「ジョブ型」雇用というやつと比較されるんだけど、ちょっと説明してみますね。


(補足)メンバーシップ型雇用とは


「ジョブ型」は最近よく聞きますね。
欧米みたいに、仕事内容が契約でがっちり決まっている感じですよね。



そんなイメージかな。
それに対してメンバーシップ型は、「仕事内容は流動的だけど所属する組織は変わらない」みたいなイメージ。
要するに、「その会社のメンバーになって定年まで働きますよ」という契約が前提になってくると。



なるほど。



これはね、「使用者が労働者を簡単に解雇できない」というところに話がつながってくるんだ。



どういうこと?



まず、「労働者を採用したからには、よほどのことがない限りは雇用を守りますよ」というのが前提だったよね。



うん。



その代わり、「会社の状況もいろいろと変わっていくので、場合によっては仕事内容や勤務地を変更させてもらいますよ」と。
言ってしまうと、「会社があなたの人生の面倒を見るので、状況に応じてあなたも会社に合わせてくださいね」みたいな感じかな。



うーん。
理屈はわからないでもないかな。



例えばだけど、ある会社に「製造部」「総務部」「営業部」の3部門があるとするよね。



うん。



この会社で、「製造部は人手不足だけど営業部は人手が余っている」という状況になったとしましょう。

 




うん。



これがジョブ型だったら、というより、解雇が比較的簡単にできるのだったら、「製造部で新規採用を進めつつ営業部の労働者を解雇」となる可能性があると。

 




「仕事がなくなったからクビ」ってことですね。



そうそう。
でも、日本は解雇が難しいので、そうはいかないよね。



だな。



なので、営業部で余っている人には、製造部に異動してもらうことになるんだね。

 




これで仕事を失うことはない、と。



そういうこと。
これがメンバーシップ型雇用の特徴かな。
勤務地の変更も同じ理屈だね。仙台支店は人が余っているので大阪支店へ、みたいな感じ。



そう言われてみると、会社からの命令にも従わなくちゃいけない気がしてくるかな。



まあ、程度にもよるんだろうけどね。
そんなわけで、業務命令の説明は、こんなところじゃないかな。



了解です。


懲戒


次は「業務命令に従わなかったらどうなるか」という、「懲戒」の話ね。



言われてみると、「懲戒があるから命令に従っている」という意識はあんまりないですね。



そうかもね。
上司からの命令に多少は疑問を感じたとしても、基本的には従って動くよね。



ええ。



でも、あまりにも理不尽な命令だった場合なんかは、「そんなことできませんよ」ってなる可能性もあるでしょ。



おそらく。



ただ、「理不尽かどうか」は主観的な面もあるので、会社側は「正当な命令なんだから従わないのは違反だ」と主張してくるかもしれないと。



たしかに。



これが本当に理不尽な命令だったら無効になるんだろうけど、客観的に見ても正当な命令なのに、それに労働者が従わなかったら困るわけだよね。



そりゃ、困るな。



なので、「制裁」といって、命令違反をした労働者に対して、使用者が罰を与えることが想定されているんだ。
これが「懲戒」だね。



なんか物騒な話だね。



まあ、言ってしまうと、「スピード違反したら罰金なので制限速度を守りましょう」と同じ感じかな。
「違反したら懲戒もありますし、企業の秩序は守りましょうよ」みたいな。



なるほど。


懲戒の根拠(就業規則等)


まず、どういった場合に労働者を懲戒できるのか、というより、労働者がどういうことをしたら懲戒の対象になるのか、というのを、あらかじめ具体的に決めておく必要があるんだ。



自由に決められるんですか?



まあ、「ある程度」だね。
あまりにもおかしなものは、いざというときには無効になるだろうね。
例えば、「社長の機嫌を損ねたらクビ」とか決められちゃったら困るでしょ。



そりゃ、ないわな。



なので、ある程度の目安はあるんだけど、いずれにせよ事前にルールを決めておかないと、労働者も「何をしてはいけないのか」がわらなくて困るわけだよね。



たしかに。
ルールだけに、やっぱり就業規則で決めるんですかね?



そのとおり。
就業規則の説明をしたときに「職場のルールブック」と言ったのは、こういう面もあるからなんだ。



そういえば、そんなこと言っていたな。



うん。
で、「どんなことをしたら、どんな罰を受けるのか」を具体的に決めて、就業規則の「制裁」の章に書いておくんだね。



へえ。



イメージとしては、「スピード違反をしたときに、時速何キロ以上だったら罰金いくら」と決めておくのと同じような感じかな。



なるほど。



これ、就業規則に書かれていないことだったら、常識的に考えて悪いことでも、懲戒の対象にはならないってことですか。



そうなんだよね。
コロナ騒動の中で、「入院の指示に従わない人に対する罰金刑を設定するかどうか」という議論があったでしょ。



ええ。



罪刑法定主義というんだけど、法律に定められていない罰を与えることはできないんだ。
「では新しく法律を作りましょう」となったときに、どの程度の罰を設定するかが議論されたんだね。
これは、懲戒も同じ考え方で、使用者が制裁を行う場合があるのだったら、あらかじめ種類と程度を就業規則に定めておいて、労働者に伝えなければならないと。



就業規則をよく読まないとですね。



そうよ。
ただ、たいていの就業規則は、「懲戒の事由」に「正当な理由なく無断欠勤が○日以上に及ぶとき」といった具体例を並べたうえで、最後に「前各号に準ずる不適切な行為があったとき」というのを加えてあるんだ。



それで、常識的に考えて不適切な行為は、懲戒の対象になると。



そのとおり。
まあ、でも、労働者が「これは該当しないでしょ」と反論してきた場合は、個別に判断していくことになるよね。



なるほど。



あと、「これをやってはいけない」という「懲戒の事由」とは別に、「服務規律」といって、「がんばって仕事しろよ」とか「周りの人とは仲良くやれよ」とか、そういうのも就業規則に定めておくのが一般的かな。



カトちゃんかよ。



何それ?



まあ、それは置いておいて、当然、実際はもっと硬い書き方をするよね。
「職務専念義務」とか「職場環境維持義務」とか、そういう話ね。



常識で考えればわかりそうだけどな。



まあね。
でも、「うちの会社で働くからには、こういうルールは守りなさいよ」というのをあらかじめ示しておくわけだね。
最近は「ハラスメントの禁止」なんかも必須じゃないかな。



なるほど。



で、懲戒の事由に「服務規律に違反したとき」というのを入れておくと。



そうやって、問題社員が出てこないようにするわけだな。



だね。

 




やっぱり、就業規則はよく読まないとですね。



そうだね。
就業規則が懲戒の根拠になるわけだから、労働者に就業規則の内容をちゃんと伝えていなかった場合は、懲戒が無効になることもあるんだ。



渡したのに「読んでいません」と言われたらどうするんだ?



それはさすがに、「労働者が悪い」ってことになるだろうね。
一人ひとりに支給していなかったとしても、誰でも見られる場所に置いておけば有効という扱いみたいだね。



なるほど。


懲戒の種類


最後に、懲戒にもいくつか種類があるので、それについて説明しておきますね。



そっか、必ずクビになるわけじゃないんだ。



そうそう。
クビ、つまり懲戒解雇は一番重いやつだね。
最終手段といえるんじゃないかな。



他にはどんなものがあるんですか?



じゃあ、軽い方から順番に説明していきますね。


けん責


まずは「譴責」ね。
漢字が難しいので「譴」はひらがなで表記されることもあるかな。



「けん責」か……。
ますますわからないね。



たしかに。
元々は「注意する」みたいな意味なんだけど、実務上は「始末書を提出させる」という扱いになるんじゃないかな。
「始末書なしで注意だけ」という会社もあるみたいだけど。



注意だけなら、しょっちゅうされている気がしますけど……。
そのたびに懲戒されているってことですか?



いやいや、日常的な注意はまた違う話なんじゃないかな。
「資料を作るときに、白黒でいいのにカラーで印刷しちゃった」とか、その場では怒られるかもしれないけれど、それは正式な懲戒処分とはいえないだろうね。



ですよね。



ただ、それも規模が大きくなって、「外注先への注文を間違えて、制作費が何百万円も増えちゃいました」みたいなレベルになったら、始末書を提出させられるかもしれないよね。



たしかに。



その場限りの注意とは違って、正式な譴責処分は記録が残るんだよね。
あと、注意しても改まらない場合なんかは、もっと重い処分にもつながりかねないと。



なるほど。


減給


次は「減給」ね。



給料減らされちゃうってこと?



文字通りだね。



それって、金額によっては生活できなくなるんじゃ?
労働者の保護から外れちゃいません?



さすが、鋭いねえ。
なので、減給処分に関しては、わりと細かい制限があるのよ。



へえ。
具体的には?



まずね、「1回の額は平均賃金1日分の半額まで」という決まりがあるんだ。
なので、月給約30万円で1日の平均賃金が1万円という人がいたら、1回の処分で減給できるのは5,000円が限界になるかな。



じゃあ、無断欠勤されたとしても、5,000円は払わないといけないってことか?



いやいや、これはあくまでも減給処分の話なので、欠勤して働いていなんだったら、その日の給料を払う必要はないのよ。
で、さらに無断欠勤に対する制裁として減給処分をするのだったら、マイナス5,000円が限界ですよと、そういう話だね。



ああ、そういうことか。



もう一つ、「総額は月給の10分の1まで」という決まりもあるのね。


労働基準法 第91条(制裁規定の制限)

就業規則で、労働者に対して減給の制裁を定める場合においては、その減給は、一回の額が平均賃金の一日分の半額を超え、総額が一賃金支払期における賃金の総額の十分の一を超えてはならない。




さっきの月給約30万円の人が減給の対象になるようなことを月に10回やったとしたら、5,000円かける10回で5万円になるわけだと、それだと「引きすぎ」ということね。
この場合は月給約30万円の10分の1で、約3万円が限界ということだね。

 




それだと6回で3万円になるわけですから、7回目以降は「これ以上は給料減らないからやりたい放題」ってことになりません?



いやいや、それは通用しないでしょ。
一応、引き切れなかった分を翌月以降に繰り越すことはできるらしいのよ。
あと、減給処分の対象になるようなことを何度もくり返しているようだと、もっと重い処分も十分にあり得るよね。



そりゃ、そうか。


出勤停止


ということで、減給の次に重い処分は「出勤停止」になるのが一般的かな。
「しばらく会社を休んで反省しないさい。もちろん、その間の給料は払いませんよ」というやつね。



そうか、これだとさっきみたいな奴にも、3万円以上のダメージを与えることができるわけか。



ダメージって、経営者として問題発言なんじゃないの?



まあ、たしかに乱暴な言い方だけど、制裁なので「問題を起こした労働者にはそれなりの報いを受けてもらう」という考え方は、筋が通っていなくはないんだ。



まあ、言われてみれば。



うちはそんな悪い奴いないと信じているけどな。



万が一に備えてってことね。



まあ……な。



出勤停止の話に戻るけど、日数によっては減給よりも手取り額の減少が大きくなるので、当然、違反もそれなりに重いものでないと、処分は認められないだろうね。



これも上限あるのか?



法律には特に決められていないんだけど、2週間くらいが限界みたいだね。
それを超えちゃうと、トラブルになりやすいんじゃないかな。



なるほど。


解雇(懲戒解雇・諭旨解雇)


最後は懲戒解雇、要するに「クビ」だね。
これは一時的に給料が減るのでなく、下手したらしばらく収入がゼロになってしまうわけだから、命令違反や規律違反も、相当ひどいものじゃないと有効にはならないんじゃないかな。



実際にはほぼ不可能、という感じなのか?



いやいや、そういうわけではなく、本当に悪いことする人がいたら、十分に可能性はあると思うよ。
例えば、無断欠勤を何週間も続けるとか、会社の秘密を外部に漏らして不当な利益を得ていたとか。



そういう人が出てこないに越したことないけどな。



だね。
ちなみに、懲戒解雇の場合は退職金を支給しないことにしている会社も多いみたい。



まあ、会社に損害を与えた結果だからな。



うん、でも、事情によっては、「これまで長年勤めてくれたのに退職金ゼロはかわいそうだな。だからといって、このまま会社に置いておくわけにはいかないよな」ということもあるよね。



かもな。



そんなときに、「本当は懲戒解雇なんだけど、自分から退職届を出すんだったら退職金も多少は出しますよ」みたいな扱いをすることもあるみたい。
これを「諭旨解雇」というんだ。



情状酌量の余地有り、ってやつだな。



そんな感じかもね。
あと、対象者の役職を下げる「降格」という処分を設定している会社もあるんだけど、これは一時的な制裁とは違って、人事異動の一種として考えられることもあるんだ。



降格したら、当然、給料も下がるわけですよね。



だろうね。
なので、一時的に給料が減る出勤停止よりも重いけれど、給料が永久にもらえなくなる懲戒解雇よりは軽い違反が想定されるんじゃないかな。



なるほど。



ということで、命令違反・規律違反の程度が重くなるにつれて、懲戒の程度も重くなっていくと。
逆にいうと、懲戒の程度が重くなるにつれて労働者の生活に与える影響が大きくなるので、その理由となる違反の程度も重いものでなければならないと。
そういうことだね。

 




当たり前といえば当たり前の話ですね。



まあね。
ただ、必ずしも、いま紹介した4段階にしなければいけないわけではないし、「無断欠勤が何日までは減給で何日からは解雇」みたいな細かい設定は会社によるので、やっぱり就業規則にきちんと目を通すのが重要なんじゃないかな。



了解です。


おわりに


今回は命令と懲戒のルールについて説明してみました。これまでは「労働者を保護するために使用者が守るべきルール」を意識して解説してきたわけだけど、命令と懲戒に関しては「企業秩序を維持するために労働者が守るべきルール」という面が強いんじゃないかな。
ただ、職場の秩序が乱れると、そこで働く労働者も不利益を被るわけだから、そう考えると、労働者の保護にもつながるだろうね。もちろん、使用者が場当たり的に好き勝手なルールを作るようなことは許されず、そこには法律上の制限もかけられているんだね。

Posted in 労働法図解

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